ホーム > Special > ニュルブルクリンクコラムVol.3
ニュルブルクリンクGmbHから公式解説がリリースされている29個のコーナーの名前の由来を2回に分けてご紹介する「ニュルブルクリンクのコーナーの名前」第2回です。名前の脇にあるキロ数は、ニュルブルクリンクのパブリック走行用エントランスを基準にした距離となっています。
11km地点 Bergwerk
直訳すると「鉱山/採掘場」の意味。1900年頃に閉山されるまで、鉛と銀の鉱山があったことに由来しています。ここは北コースでのF1開催を終わらせるきっかけとなった、ニキ・ラウダの事故が起こった場所でもあります。
12km地点 Kesselchen
盆地や窪んだ土地を表すドイツ語"Talkessel"から来た名前で、直訳すると「小さな窪地」となります。この部分にあった窪地を突っ切る格好でコースが建設されたことから名付けられたそうです。
13km地点 Klostertal
「修道院のある谷」。14世紀に、エルサレム騎士会のSt.Johnの命によって建てらた修道院があったことが由来となった名前です。18世紀にはひとりの修道僧が宗教的隠遁者となってこの地に住み、周辺住民を救っていたと言われているそうです。
13km地点 Steilstrecke
直訳すると「急勾配なセクション」。この部分、コース建設当初は14-15km地点にあるHohe Achtに向けて伸びるストレートがあり、新型車のテストに使われていました。 当時は最大27%におよんでいた急勾配は、テスト車両にとって非常に高負荷なもので、中には後ろ向きにひっくり返ってしまう車両があったと言い伝えられています。安全性を確保するため、現在はストレート部分が閉鎖され、Caracciola-Karussellに向かう観客の通路として利用されています。
13-14km地点 Carraciola-Karussell
(カラジオーラ)カルーセル。270度のバンクを持つ、非常に有名なコーナーです。もともとは周辺のコースに溜まった水の排水路として作られたもので、1932年に舗装されました。レーシングドライバーのルドルフ カラジオーラ(1901-1959)が、コーナリングスピードを高めるために初めてこのバンクを走行したことにちなんで、カラジオーラ・カルーセルと呼ばれています。
14-15km地点 Hohe Acht
直訳すると「高さ8」となる呼び方は、コースのすぐ近くにある、標高746mでエイフェル地方最高峰の丘の名前が由来です。
15km地点 Hedwigshohe
「Hedwigの丘」。Hedwigとは、ニュルブルクリンク創設の父と呼ばれる、この地方の行政官を務めたDr.Creutzの奥さんの名前です。彼女は、ご主人がコース建設に働く姿をこの場所から眺めるのが大好きだったと伝えられています。
15km地点 Wippermann
安全性向上のために改修が施されるまでは、ここでマシンが上下に揺さぶられていたことからこの名前が付きました。Wippermannは英語の"Whipper"に相当する「鞭を打つ人」で、マシンの動きを上下にしなる鞭に見立てたのではないかと推測しています。
15-16km地点 Eschbach
この近くにあるHerresbach-Eschbach村と、同じ名前の小川から来た名前です。
16km地点 Brunnchen
小さな井戸とか水源地という意味で、実際にここには水源地があり、20世紀初め頃に複数の灌漑用水路がコース内側にあるHerschbroich地域に向けて建設されました。
17km地点 Pflanzgarten
「植物庭園」。その昔、ニュルブルクを治めていた貴族達が保有する庭園や家畜用の餌を育てる農園があったということから。
18km地点 Schwalbenschwanz
「スワローテイル(つばめの尾)」というこの名前、コース設計技師が、上から見た形がツバメの尾っぽのように見えると感じたことから名付けたそうです。
18-19km地点 Galgenkopf
ニュルブルクを治めていた貴族達が、ここで公開処刑を実施していたので「絞首刑台の丘」という名前が付けられました。
19-20km地点 Dottinger Hohe
この近くにあるDottingen村の名から「Dottingenの丘」と名付けられました。